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あれから14年

  • 執筆者の写真: Mr.B
    Mr.B
  • 3月12日
  • 読了時間: 2分

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東日本大震災から14年が経った。

もう14年が経ったんだ。


俺はあの日、静岡に営業に来ていた。

お店で営業をしていると大きな揺れを感じた。


お店のスタッフも慌てていた。

外の景色を見ると、これはただの地震ではない事が分かった。

震源地を探すと宮城。


すぐお店を出て次の営業先があったのだが、連絡し引き返す事にした。

高速は通行止めになり、静岡から神奈川に帰るには一般道の箱根越えしかない。

仕方なく箱根ルートで帰る。

しかし箱根の山は大渋滞。


箱根の山奥で足止めをくらった。

家に着いた時は夜中だっだ。


それから徐々に情報が上がって来た。

東北地方は大変な津波に襲われていた。


まずは取引先が心配だ。

海沿いにあった仙台は名取のグラッシーが真っ先に気になった。


電話をしても出ない。

それから毎日電話をかけた。


数日経って電話がかかって来た。

「カタログ流されちゃいました〜」と仙台のyujiからだっだ。


ただ生きていてくれた事だけで嬉しかった。

その後彼はまた一からスタートしたいとチーム員を居酒屋に集めた。


「復活祭」

俺とジュニアDeeでその会に参加した。


中々皆は心を割って話してくれなかった。

それは仕方ない。

あれだけの事が起きたのだから、よその土地から来た俺ら二人を受け入れてくれる事は難しい。


最後に、俺のギターでジュニアDeeが歌のプレゼントをした。

マイクも無い、ただのギターと生歌。


少しずつ皆が音にリズムを合わせてくれるようになる。

最後は全員で大合唱!


「ONE LOVE 尚 途切れることなく 心を動かすOh-Yagayaga Yeah!!!」


この時の光景は一生忘れられない。


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彼らの底力を感じた。


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辛いことも皆で分け合えば乗り切れたりもする。

一人で背負ってはいけない。


Link繋がっていこう!とは、皆でつらいことも楽しいことも分け合おうと言うと言う意味だ。

俺たちは大きな家族なのだから。

 
 
 

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