
ブランドストーリー「第四話」
BGZ STARTING
会社を辞め急に自由になった。
長きに渡り仕事づけだったので海外に行く事にした。
どうせ行くならとワーキングホリデーを取り、一年間オーストラリアでゆっくりしようと考えた。
オーストラリアではアルバイトをしながら語学も学んだ。
有意義な時間を過ごした。
オーストラリアでの事は割愛させてもらう。
一年が過ぎ日本に戻って来た。
少しの間、知り合いの会社の手伝いをしていたが、俺がしたい事は自分の会社を立ち上げる事。
1995年12月に会社を設立した。
会社名:有限会社ジェーズファクトリー
ブランド名:B-guyz
ジェーズファクトリーの意味はJAPANファクトリー(made in japan)と言う意味で、B-guyzはBAD-GUYZ・BLACK-GUYZ・BANNAIのBを取った三つの意味が存在する。
ここから俺とB-guyzの二人三脚の人生が始まる。
まともなカタログも作れず、コピーしたA4の資料にスーツの写真を貼り簡易カタログを作った。
それを何十部も作成した。
よし、これを持って営業に出よう。
まずは東へ。
知り合いのサーフショップや、電話営業でアポを取ったお店を一軒一軒周る。
当時のサーフィン業界は景気も良く、お店で話していると取引がその場で成立する事もあった。
注文もその場でいただけた。
東の旅で何軒のお店を回っただろうか?
その一回の旅で何十着も注文が取れた。
これがBGZ初めての営業で、初めての注文だった。
この時の経験は今でも忘れる事が無く鮮明に覚えている。
それからも一軒、また一軒と取引先を拡大して行った。
自分は取引先になってもらいたいお店は、自分の中にある基準があった。
コアでカッコイイお店。
そしてサーフポイントを守っているお店。
自分が入りたいポイントを全国ピックアップし、そこを守っているお店を探し営業に向かった。
取引が成立すればその日の内にポイントに入る事が出来た。
俺はそのポイントに入りたいと言う動機で、日本全国のサーフショップを探し営業の旅を続けた。
気がつけば中々入れないポイントも入れるようになり、コアなポイントにBGZが少しずつ増えて行く。
その様が何より嬉しかった。
BGZのコンセプトは万人受けは狙っていない。
サーフィンをこよなく愛するコアな層、そして少し不良の香りがするサーファーにターゲットを絞った。
自分がサーフィンを始めた時、不良の先輩が使っている道具に憧れた。
不良の先輩は多くを語らず、誰よりも大きな波にチャレンジしていた。
そんな先輩の背中を見ていたので、自分がブランドを立ち上げたら不良でリアルサーファーに支持されたいと思っていた。
多くの人よりコアなサーファーに響くブランドにしたかった。
それがBGZに込めた俺の想いである。
BGZのライダー選びも他メーカーとは違う。
戦歴はどうでも良い。
まず人間的に尊敬出来るか。
そしてカリスマ性があるか。
それがBGZライダーを選ぶ基準になる。
BGZのライダー陣は一味違うと言われるのは、そんな思いから選んでいるので、他メーカーとBGZでは醸し出すカラー、雰囲気が違うのは当然だ。
俺の営業スタイルは商品説明はあまりしない。
まずはコミニケーション。
波乗りの話。
一緒に食事に行く。
仲良くなれば一緒に飲みに行く。
そして一緒に波乗りをする。
一番大事にしている事は、同じ時間を共有する。
商品には自信があるので、あえてそこには多くの時間をさかない。
時間があれば後でスーツを見てください。
昔からそんなスタイルである。
ライダー、ショップも増えてきた時、ある考えが浮かんだ。
OEMの仕事も取りたい。
サーフィン雑誌を見ながらインターナショナルブランドで、日本でウェット展開をしていないブランドを探した。
そこで目に止まったのが、当時ロブマチャドがライダーをしていたガチャ。
ガチャは東京に本社がある会社がライセンス契約しており、ガチャの他にもOPも展開していた。
早速電話をかけてみる。
「自分はこう言うものですが、担当の方はいらっしゃいますでしょうか?」
すると電話に出た方が話が早く、まずは会社に来てくれと言う事になった。
この方のスピード感、決断力、只者では無いと感じた。
続く。
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