
ブランドストーリー「第三話」
Sea Works
結局下請け工場はそんなに長くはやらず、元ビクトリーの恩師と共に会社立ち上げに尽力した。
会社名:株式会社シーワークス
ブランド名:スリーフォース
社長がウインドサーファーだったので、ウインドのブランドを立ち上げた。
当時ウインドサーフィンはブームで、海では沢山のウインドサーファーで賑わっていた。
マリンスポーツと言えばサーフィンとウインドサーフィンと呼ばれた時代。
社長が営業で、俺が工場。
そんな役割でスタートした。
アルバイトの指導、生産管理を日々行いながら型紙も切っていた。
ビクトリー、アポロスポーツ、シーワークスと俺の人生はとても忙しかった。
同世代の人は、サーフィンや旅行に趣味の時間を楽しんでいたが俺は仕事一筋。
自分の時間を仕事に費やしていた。
社長はビクトリーの頃の人脈を生かし、次から次へと取引先を拡大して行く。
俺は増える注文をいかにさばくか生産計画を立てる。
アポロ時代に作った下請け工場とのパイプを使い、自社では裁断、マーク入れ、備品をセットし、下請け工場に届け組み立てをお願いした。
ピーク時は、日産50着を生産していた。
今のサーフィン業界なら、ぶっちぎり日本一の生産数になるだろう。
そんな状態だったので休み無く働いた。
繁忙期は3ヶ月休まないで働いた事もあった。
それでも生産が追いつか無かった。
数年でウインド界のトップに躍り出た。
その頃ライダーだったのが飯島夏樹と言うウインドサーフィン界のスター。
彼の影響力は凄まじく、スリーフォースと言うブランドは一世を風靡した。
その後彼は病気が見つかり病と闘う事になった。
凄まじい闘病生活。
癌であった。
それでも彼は生きる事を諦めなかった。
家族のために。
癌細胞は少しずつ体をむしばみ、ついに彼は天国へと旅立った。

その後彼を主人公とした映画が、大沢たかお主演で公開された。
「Life天国で君に逢えたら」
彼は誰からも愛される、そんな存在だった。
彼が言っていた。
「僕の仕事場は7つの海です」
会社も軌道に乗り、スタッフも育って来た。
そうなると自分のやりたい事が頭に浮かぶ。
一旦リセットしたい。
そして社長に打ち明けた。
会社を辞めたいと。
社長は快く俺を次のステージに送り出してくれた。
続く。
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